真夏の熱波と台風の予感をはらんだ8月初頭、「TRANSIT! Reborn-Art 2018」のオープニングのメインイベントである「Reborn-Art DINING “牡鹿の鹿をいただく”」が牡鹿ビレッジにて開催された。中心となったのは、自然との共存と循環を尊び愛することを料理で表現、愉しむことをテーマにしたふたりのシェフ、ジェローム・ワーグと原川慎一郎。牡鹿半島の猟師である小野寺 望が獲った鹿という食材を得て、究極の自然派料理ともいうべきレストランが真夏の空の下に展開された。

牡鹿の海と山、里を料理し、味わう

5日、原川とジェローム、小野寺たちが牡鹿ビレッジに集合したのは朝の9時半。さっそく土窯の様子を見に行き表面の土を触ると、「あ、あったかい。……うん、きっと大丈夫だよ」と原川。海辺の明け方の冷え込みに少し不安を覚えていたようだが、どうやらひと安心だ。今日から参加してくださった方も多く、改めて小林とシェフたちから挨拶を。
 このイベントの大きなテーマの一つである「命をいただく」ということの意味を改めて問いかける小林。
 「昨日、僕は鹿の皮を剥ぐ作業を体験させてもらいました。皮を剥ぐことで、それまで命の在り処を感じさせていた鹿の身体が、食材としての肉になる。ああ、ここに、境界線がある。この境界線を超える“儀式”がこの作業なんだな、と思いました。命に対する考えかたは、ほんとうに人それぞれだと思います。殺し食べることに違和感を抱くことも、大切なこと。そこから目を背けて生きるのではなく、じっくりと向き合い、考えること。そうした機会にこのイベントがなればいいな、と思います」

続いて小野寺から牡鹿半島の鹿の現状についてと、鹿の処理場、加工場設立についての話があり、マイクは原川とジェロームへ。「石巻の山に吹く風と、海の美しさ、里の豊かさ。それをたっぷりと表現した料理を皆さんと一緒に楽しみたいです」というふたりの言葉に、大きな拍手が湧いた。

シェフの技、参加者みんなの協力で最高のダイニングに

昨日よりは少し過ごしやすい気温もあって、参加者の皆さんも活動的。シェフたち主催陣がぱたぱたと慌ただしくしている様子を見て、「何か手伝いましょうか?」とあたたかいお声掛けをたくさんいただく。袋いっぱいのクルミは、手分けして殻を割り、実をほじくり出してすり鉢へ。「小さい頃、母親の手伝いでやったなあ」なんて懐かしそうな方々も多く、硬く手強いクルミもいつしかボウルいっぱいの剥き身に。

波打ち際に組んだ竈では、原川とジェロームがパエリアづくり。直径1m以上もある大きなパエリア鍋でタマネギとパプリカを炒め、魚介でとったスープを注ぐ。そこに入れるサフランは、「AL FIORE」の目黒浩敬さんの協力の元、渡部一公さんが育てた川崎町産のサフランだ。発色も香りもとても鮮やかで、フレッシュなのが魅力。お米も地元の農家さんが育てたササシグレ。宮城で生まれたササシグレはササニシキの先祖にあたる品種で、ぱらりとした食感、あっさりとした食味が特徴。パエリアには最適だ。ベッコウシジミやタコも、もちろん地元産。カニに至っては、目の前の海でさっき獲ったものだ。

厨房での作業もあらかた終了、パエリアも出来上がりまであと少し、という段階になり、いよいよ窯開け。スコップで土を掘り返すと、かすかな煙と熱気が立ち上った。

「木の香り、葉っぱの香りがすごいね! とってもいい匂い!」
穴を囲む参加者の皆さんから、そんな声が上がる。燻製にしたような、スパイスとハーブの中間を行くような香り。土をかきわけ、枝葉をかきわけ、包みを掘り出す。

直接石が当たっていた個所は黒く焦げている。
「うん、全体は、ほどよく火が入っているようだね。弾力でわかるよ。成功成功!」
ジェロームが親指を立てて笑う。

包みを調理テーブルに運び、開く。途端に、周囲にふわーっと香ばしさがあふれる。クロモジや山椒の香りをまとった、ほのかに野生を感じさせる肉の香り。さっそく原川とジェロームがナイフを手に肉を切り分け始めた。腿肉、腹回り、尻肉、首回り。タコ糸を切って開くと、ほこほこに火の通ったニンニクとタマネギ、クロモジや山椒の木の枝葉。
「タマネギはもう少し火を通そうか。バーベキューの焼き台に乗せておこう」と原川が言う。仔鹿の肉では足りなかった場合を考え、小野寺がバーベキュー用の鹿肉も用意していてくれたのだ。

原川とジェロームが丁寧に鹿肉を切り分けながら、部位ごとの個性を感触や味わいで確かめていく。切り分けた端からみんなに薦め、実際に味わってもらう楽しいランチタイムの始まりだ。

「ここはしっかり焼けてて旨みの強い部位。こっちは脂の旨みが強くて、ジューシー。そしてこっちはキメが細かくてすごくやわらかいよ」
切り分けるごとに、お皿に乗せてくれるごとにそのおいしさの特徴を説明してくれるから、味わう人たちもその言葉ごと噛みしめて肉の味を楽しむ。思いがけないやわらかさ、香りの良さ、そしてクセのなさに驚きながら、さまざまな部位を味わっていく。骨の部分も無駄にせず、活躍してくれた猟犬のおやつに。

魚介の旨みたっぷりのパエリアも大好評。トマトとパプリカのサラダ、コリンキーときゅうりのサラダ、そしてゆでトウモロコシなどもテーブルに並び、まさに石巻づくしの嘱託となった。

みんなの食事が終わる頃に、天気は急に崩れゲリラ豪雨。その中で行われた小林の最後の挨拶は、これからの牡鹿、これからの「Reborn-Art Festival」に繋がるメッセージ。自然との共存、循環の中で生きることの大切さを、牡鹿の鹿猟とそれを料理して食べることを通して身近に感じてもらえたことに対する感謝の気持ちを、言葉の端々に添えながら。

そしてまた、再びここで会える日を。牡鹿の海と山、里は、ただ静かに鮮やかな色彩をたたえ、人々の訪れを待っている。